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2010年9月14日 (火)

「姿見の池」は野川の源流か?・国分寺

多摩川の支流、野川の源流は国分寺の日立中央研究所の中ということになっている。研究所には池があり、そこにそそぐ湧き水が数カ所ある。

大岡昇平は「武蔵野夫人」で姿見の池を源流とし「鎌倉武士と傾城の伝説のあるところ」と特定している。しかし今では野川とは連続していない。

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池の手前に案内板が立っていた。それによると、(途中で途切れているようでもあり、はっきりしないが)池から流れた小川が野川にそそいでいるようにも見える。

玉川上水の恋が窪村分水とは別に、武蔵野線の西側からも小川が流れ込んでいる。昭和20年代には、こっちが源だったのかもしれない。

東福寺で遊女の墓に参る。境内はコンクリで整備されているが大きなケヤキがまっすぐに伸び、歴史を感じさせる。

かたわらに「傾城墓」と書かれた小さな墓標が建ち、隣には立派な「傾城墓由来」碑がしつらえてある。

その隣に植えてあるのが「一葉松」。里人たちが、池に身を投げた夙妻(あさづま)太夫をしのんで塚をつくり、その上に植えた松だという。

東福寺の門前あたりは鎌倉街道が通じていたらしい。古くから開けていたようだ。傾城に託して畠山重忠をしのぶ松を植えたのかもしれない。


▼東福寺境内。右手に傾城墓と一葉松がある

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重忠は、「鎌倉武士の鑑」ともいわれ、武藏武士団の首領的な存在だったが、北条氏によって滅ぼされてしまった。

表立ってしのぶわけにはいかないので傾城に仮託したと見ても、あながち間違いではないだろう。

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