フォト
無料ブログはココログ

« 吉祥寺を縄張りにした四軒寺一家・初代の墓 | トップページ | 佐藤春夫は「戦後最醜の文章」・大岡昇平「常識的文学論」 »

2010年8月12日 (木)

井上靖「蒼き狼」は歴史小説ではない・大岡昇平「常識的文学論」

大岡昇平「常識的文学論」(講談社文芸文庫)にいたく刺激を受けた。そこにあるのは、鋭い刃、挑発的言辞、ひと言でいえば毒。それが突き刺さって批評された作家たちを鋭くえぐる。

書かれたのは1961年、「群像」に連載されたもので、安保反対のうねりが収まりきらない社会状況の中、大岡は大衆化された文学を切って切って切りまくる。

常識的文学論 (講談社文芸文庫)


買ったきっかけ:
新聞広告を見て

感想:
ブログで書きます

おすすめポイント:
大岡の毒が小気味いい。今こそ毒が求められている


常識的文学論 (講談社文芸文庫)


著者:大岡 昇平




常識的文学論 (講談社文芸文庫)

以下、毒を抜き書きする。

「蒼き狼」がこれだけの賞讃に値する作品であるか。それはほんとうに叙事詩的進行を持っているか、はたして歴史小説か、というのが、反感が私に抱かせた疑問である。

「蒼き狼」の叙事詩的進行とは、むしろ自ら小説であるのをやめたことによって成立している。それは少しも「生産的」なものではなく、退行現象である。歴史性、叙事性、道徳性、残虐性、エロチシズム、なに一つ欠けたものはないが、すべてワイドスクリーンに映った影であり、現代の観衆の口に合うように料理されているにすぎない。

〈志賀直哉について〉

美しい言葉である。しかし同時にいつわりでもあるので、こういう勘違いから、どんなに下らない自己探検小説、自己発見小説が書かれたかを思えば、志賀直哉は或る意味では日本文学に取って疫病神みたいなものであった。今日、水上(勉)や檀(一雄)の愚作となって、文芸雑誌をよごしている原因は、こういう私小説の理念、その思い上りにあると言っても過言ではない。

〈水上勉「決潰」について〉

そこに到る経路で、真実なものは一つもない、というのがこの小説の不思議な特徴である。近松秋江「黒髪」連作も、似たようなテーマを扱ったものだが、同じように探偵小説的でありながら、真実は随所にきらめいている。そういうもののカケラすらない物語を、えんえん二百七十枚続けて、作者が少しでも自分で変だと思っていないらしいのが、奇妙なのである。

まだまだ毒は尽きない。

« 吉祥寺を縄張りにした四軒寺一家・初代の墓 | トップページ | 佐藤春夫は「戦後最醜の文章」・大岡昇平「常識的文学論」 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1320081/36079758

この記事へのトラックバック一覧です: 井上靖「蒼き狼」は歴史小説ではない・大岡昇平「常識的文学論」:

« 吉祥寺を縄張りにした四軒寺一家・初代の墓 | トップページ | 佐藤春夫は「戦後最醜の文章」・大岡昇平「常識的文学論」 »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31