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2010年8月13日 (金)

佐藤春夫は「戦後最醜の文章」・大岡昇平「常識的文学論」

前回の続き。毒はほうぼうに撒かれます。

先月最大の雄編は佐藤春夫「うぬぼれかがみ」であり、また戦後最醜の文章でもある。或いは日本文学始って以来かもしれず、無論世界文学史に例はあるまい、佐藤春夫はとにかく文学の世界で、もっとも醜悪な文章を書いたという名誉と共に、後世に残るであろう。

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かつてあれほど若々しく優美であった佐藤春夫が、どうしてここまで落ちてしまったのか。それとも、もともとこれが「田園の憂鬱」の作者の真の姿であったのか。わが若年の熱狂は、私の精神に彼と同じ欠陥があるために起ったのか。

ただたしかなのは彼が常に、「門弟三千人」にかこまれていたことで、彼らの囁く甘い言葉しか耳にしない人物となって行ったことである。

〈松本清張〉

しかし松本の小説では、反逆者は結局これらの組織悪に拳を振り上げるだけである。振り上げた拳は別にそれら組織の破壊に向うわけでもなければ、眼には眼をの復讐を目論むわけでもない。せいぜい相手の顔に泥をなすりつけるというような自己満足に終るのを常とする。

CICも旧安保時代の官僚の腐敗も事実である。ただ松本の推理小説はその真実を描き出してはいない。彼は「社会機構の深部の真実は知りえない」と逃げているがmこれは多くの社会小説を目指す作家が、殺されても口にしなかった言い訳である。

                     ×    ×

大岡は連載を始めるにあたってこう書いている。

「文壇沈滞が叫ばれてから久しいが、沈滞を吹き払うような傑作はいっこうに現れない。批評家は毎月雑誌に掲載される夥しい作品の、悪口を言うのに疲れたらしく、むしろややましなものにこぞって讃辞を呈することで、お茶を濁す傾向が目立っている。

1961年、当時52歳。同じことは半世紀をすぎた映画にも当てはまる。

山田洋次「おとうと」は失敗作だ。新聞批評(雑誌は読んでいない)ではみんな姉弟愛にころっとだまされた振りをしてる。ボランティアのホスピスが、はみ出しものも救いますなんてきれいごとで終ってはいけない。

無難なことばかりで口に苦いものは好まれない世の中は、正常なんだろうか。

ほんとうのことがいいにくい社会、うわべだけ滑ってどちらに行こうとしているのか。

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