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2010年7月11日 (日)

米軍が返還してできた武蔵野の森公園

都立野川公園に展示されている戦闘機「飛燕」のプロペラについては前回(7月10日)触れた。これは隣接する武蔵野の森公園から掘り出されたものだ。仮に展示しているもので、いずれちゃんとした施設を作りたいらしい。

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野川公園の正面から出て人見街道を渡れば武蔵野の森公園だ。

その間にあるのが近藤勇の生家跡。広い敷地だったというが、今では10坪くらいしか残されていない。ここも戦後はアメリカ人が住んでいた。進駐軍、あるいはICU(国際基督教大学)の関係者なのだろう。

公園と生家跡の間の道を少し行くとアメリカンスクールがあるので、その関係者かもしれない。いずれにせよ、今はのどかな自然が広がっているが、進駐軍があちこちで痕跡を残している。こんなところにも「戦後」があったのだ。

交通は西武多摩川線の多磨駅から徒歩で10分くらい。単線の多磨駅で電車を待っているとアメリカンスクールの生徒たちと一緒になる。ビーチサンダルの女の子が多い。「新ビバリーヒルズ青春白書」みたいな格好をしているんです、やっぱり。(妊娠したエイドリアンはどうなるんでしょう。ほぼ見てます)。こんなローカルな場所が突如として国際色豊かなのも歴史のなせる技なんです。

産湯に使ったという井戸が残され近藤神社が建てられている。宮川家の先祖が、新田開発のために調布の上石原から移ってきたものだ。

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(蓋をしてるのが井戸です)
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(神社も小さなものです)→
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いきさつは知らないが、調布市が買い取って整備したものだ。昭和52年(1977)に市の史跡に指定されている。通りの反対側は近藤道場撥雲館。天然理心流の道場だ。今も宮川家の人が住んでいて畑もやっている。その裏手は武蔵野の森公園だ。

ようやく目指す公園だが、続きはまた今度。

                  ×         ×

夕飯後は8時から選挙速報、ずーっと比例区の滑り込み争いまで見て、それからはワールドカップ。起きていられるか。どこで仮眠をとるか。8時に予測が出るので確認したら開票が始まるまでは少し眠るか。

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