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2010年7月 5日 (月)

伊藤左千夫の墓と「野菊の如き君なりき」その1

亀戸をぶらぶらしていたら、木が繁るに任せている寺があった。荒れているのではない。伸びたい放題にさせているのだ。

下町の住宅街の一角とは違和感を抱かせる。「こういうの、いいなあ」。しげしげと山門に見入っていたら、伊藤左千夫の墓と記した石柱が建っていた。伊藤左千夫については「野菊の墓」しか知らない。それも木下恵介監督「野菊の如き君なりき」と澤井信一郎監督の「野菊の墓」を見たくらいだ。まことに貧弱な知識だ。

どうしてここに作者の墓があるのだろうか?


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普門院は亀戸香取神社と亀戸天神の間にある。亀戸七福神のうち毘沙門天を祀っている。創建は大永2年(1552)というから古い。千住辺りにあったが元和2(1616)に、この地に移転する際に梵鐘を隅田川に落としてしまった。落としたところを鐘ケ淵というようになった。

ほんとかなあ。古事記のこじつけ地名由来みたいだ。

中に入らせてもらう。左手が墓地になっている。案内が出ているので目指す墓はすぐに分かった。奥まったところにあって、ここもシュロなどが好き放題に繁っている。

文士の墓というと何か身構えるところがあるが、自然のままがそれを取り払ってくれる。墓の右側が欠けている。戦火の跡という説もあり、短歌を志す人たちが少しずつ削ったとも言う。

(続きは次回。すみません)

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