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2010年7月13日 (火)

基地の町だった多摩・武蔵野の森公園は飛行場・1

野川公園から人見街道をわたれば都立武蔵野の森公園だ。全体が見晴らせる丘がある。ここから調布飛行場が見渡せる。伊豆諸島への航空便が出ている小さな飛行場です。

個人のプロペラ機も発着している。ぶーんと音がして空を見上げると機体が向かってくる。風に翼が揺れたりしているけど、うまい具合に着陸する。心の中でパチパチパチと拍手して、また芝生に根っころがる。エンジン音が聞こえたら、またそっちを見やる。お仲間も数人いたりする。

なんということはないが、贅沢な時間です。羽田でジェット機を見物するファンもいるが、プロペラ機の方が静かでのんびりするには適してる。


Cimg0269_3


滑走路の先には味の素スタジアムの屋根が見える。丘の横は府中市のサッカー場。後ろを振り返ると東京外国語大学の府中キャンパスと警察学校。この広い敷地に人はまばらだ。


(赤い屋根の右前方が味スタなんですが、かすかにしか映ってません。田舎の農場みたいですが、手前の物体はヘリコプター。その前方が滑走路)

今はのどかな風景です。戦前は陸軍の飛行場、戦後は進駐軍に接収されていた。返還されたのは1974年(昭和49)、2000年(平成元)に公園としてオープンした。調布、府中、三鷹にまたがって面積は約20万㎡。

戦前の痕跡を残すのが掩体壕。敵の空襲から飛行機を隠すための簡易格納庫。本土決戦に備えてコンクリート製30基、土と竹で作った蓋のないもの30基が急いでつくられた。

土と竹ですよ。上は草や木で覆ったのだろうか。竹やり精神です。飛行場から掩体壕までは、飛行機にロープを結びつけて人力で運んだという。輸送車両もガソリンも欠乏していたからね。

もちろん基地の場所を偵察機のカメラに収めて確認していた米軍に徹底的に空襲されてしまいます。

わずかに残った掩体壕が公園内に保存されています。

Cimg0295

(掩体壕「大沢1号」の横に置かれた飛燕のモニュメント)

Cimg0296

(掩体壕「大沢1号」、飛燕の絵が描いてある)


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