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2010年7月24日 (土)

すずらん商店街は、やはり駅の真ん前にあった

「ゲゲゲの女房」が買い物に行く「すずらん商店街」については、「すずらん商店街と貸本屋の思い出」で書いた。

その中で「昔は一番にぎやかな通りだったのかもしれません」と疑問を投げかけた。というのも実際の名前は「調布銀座商店街」、「すずらん商店街」はドラマで名付けたものです。

銀座というからには、一番にぎやかだったはずだ。

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江戸時代から調布には布田5宿があって、甲州街道を行き交う人びとでにぎわっていた。調布銀座は、宿が発展したものだろう。俠客小金井小次郎も幕末、この辺も縄張りにしていた。だから、調布駅の改札口も商店街に合わせてつくったはずだ。それが今では駅から6、70㍍も西に離れている。駅に向かうにしても、ここを抜けなくても行けるので、にぎわっているとは言いがたい。きっと駅の整備で位置が動いたんだろうと想像していた。

そんなところへ「KO」さんからメールをいただきました。

「初めまして。検索エンジンからたどり着きました。
昭和28年に調布駅が現在の位置に移動する前は、調布銀座の京王線側出口のところに調布駅がありました」。教えていただいてありがとうございます。

駅を出るとすぐに商店街だったのだ。でもこれだと駅前のロータリーができない。バスの停留所やタクシーの乗り入れを考えると、商店街ごと立ち退かなければならない。それで東側に駅舎が移転したのだ。

昭和28年(1953)というと水木しげるは結婚していない。ゲゲゲの女房は、既に駅が移ったあとの商店街で買い物をしていることになる。

水木さんが住んでいたのは調布市富士見町。駅からは離れている。地図上では西調布駅(昔は上石原駅、近藤勇が生まれたのは、北へ2㌔ほど行った上石原の飛び地。先祖はこの京王線の近くにいたのだ)の方が近いが、商店も少なく、調布まで出た方が何かと便利だったのだろう。

子供のころ、自転車でここを抜けて多摩川に遊びにいった。ほとんど店はなかったように記憶している。

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