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2010年7月 2日 (金)

すずらん商店街と貸本屋の思い出

NHK「ゲゲゲの鬼太郎」で、松下奈緒が自転車に乗って買い物に行くすずらん商店街。調布にこの名前の商店街はありません。架空の商店街なんですが、モデルはあります。

「検索フレーズランキング」を見てると、すずらん商店街が上位に来てるので、以前に少し書いたのですが、少し詳しく紹介します。

調布駅北口を出ると旧甲州街道にぶつかります。左折して100㍍弱のところに調布銀座のバス停があります。その左手の調布銀座商店街がそうです。

写真は旧甲州街道側から撮ったもの。突き当たりを右折すると古そうな和菓子屋さんがあり、左に曲がると、道路の向こうはもう京王線の線路です。

50㍍足らずの小さな商店街です。どことなく昭和の香りを残してます。銀座の名前がついてるので、昔は一番、

Cimg0261

にぎやかな通りだったのかもしれません。北口の駅前にはパルコのビルが建ち、終日にぎわってます。こちらは立地条件の問題もあり、通る人もあまりいません。

駅の階段には、「モデルになった調布銀座」と言うポスターも貼ってありますが、商店街には特にそれらしきものはありません。

                     ×         ×

話かわって貸本屋。東京オリンピックの年、昭和39年(1964)まで続いていたというのは私にとっては驚異です。それも1冊10円で貸しているらしい。10円ですよ。100人の客が借りて1000円。もりそばが50円の時代、大卒サラリーマンの初任給は2万円を超してました。

家族で生活するには3万円は最低必要だったでしょう。仕入れや家賃を引くと、松坂慶子の店のもうけは、1日100人来ても2万円になるのかならないのか。やってけませんね。亭主はギャンブルばかりやっているし。


我が家の近所、小学校の通学路にも貸本屋ができました。確か、昭和33年ころ。母親から10円もらって借りにいったこともあった。でも、あまり小学生向けではなかった。特に何かを借りたという記憶はないが、文化が我が家の近くまでやってきたのはうれしかった。

駅からは遠く、まだ農村と言った方がいい地区だった。チャンバラごっこをやっていて、古くなって地面と見分けのつかなくなった肥だめに落ちた友達がいたくらいだから。

漫画が俗悪の代名詞としてPTAから目の敵にされる前の時代だった。こぞって読んでいるわけではないから、親も目くじらは立てなかった。「赤胴鈴之助」「まぼろし探偵」の「少年画報」や「少年」は特別の日に買うことを許されていた。正月とか進級祝いの4月には分厚い月刊誌を弟と一緒に読んだ。

「少年」では「鉄腕アトム」「鉄人28号」「矢車剣之助」などを楽しみにしていたっけ。買えない号は同級生の家で読ませてもらった。というより、野っ原で遊んでいる方が楽しかった。

妹は「少女」を買ってもらっていた。「あんみつ姫」が人気だった。


中学に入る年には少年週刊誌が創刊された。週刊誌ブームの子供版で「週刊少年サンデー」と「週刊少年マガジン」が昭和34年(1959)3月、同時に発売になった。

まだ漫画誌ではなかった。少年向けの週刊雑誌だった。サンデーの漫画は巻末の「スポーツマン金太郎」だけだったように記憶している。作者は寺田ヒロオ。トキワ荘の伝説のリーダー。金太郎が巨人、桃太郎が西鉄に入団して覇権を争うおとぎ話のような野球漫画。

値段は30円。とても毎週は買えなかった。小遣いは、多分1日10円以内。コロッケが特売日は5円、駄菓子屋のイカのゲソは2円だった。プラスチックの瓶に入って、何とも言えない甘辛の味がついていたやつ。ラーメンはまだ30円だったか。

近所の貸本屋はとっくになくなって文房具屋に変わっていた。

それが駅近くの商店街では昭和39年まで続いている。もう、サンデー、マガジンの時代だった。この頃には漫画雑誌になり、次々にヒット作が生まれていた。「おそ松くん」は争って読んだ。赤塚不二夫のシュールなギャグ漫画の自由さが痛快だった。60年安保に感じていた閉塞感を吹き飛ばしてくれたのだろう。

オリンピックの年は高校3年生。マラソンは調布の友達の家でテレビを見て、近づいてきたら甲州街道まで駆け出してアベベを見た。速かった。

このころ貸本屋のことは頭から消えていた。続いている方が不思議だ。細々と生きながらえたんですね。貸本専門の漫画家がいることも知らなかった。劇画ブームとして貸本文化が形を変えて脚光を浴びるのは随分あとのことだ。

水木しげるさんが世に出るきっかけになった「ガロ」を読み出すのは大学に入ってから。ドラマでは、村上弘明が始めた雑誌「ゼタ」です。白土三平「カムイ伝」目当てだった。

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初めまして。検索エンジンからたどり着きました。

昭和28年に調布駅が現在の位置に移動する前は、調布銀座の京王線側出口のところに調布駅がありました。

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