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2010年6月11日 (金)

スカイツリーめざして亀戸から出発

6月10日にスカイツリー見物会を催した。メンバーはおっさん6人、いくつになっても好奇心旺盛で、暇もあるという特権を利用して、はやりものには乗っておこうと即決でまとまった。とはいっても場所がいいじゃありませんか。そぞろ歩いて見物した後は、やっぱり飲み会。吾妻橋のたもとの貝料理屋で貝づくしが待っている。

集合は地下鉄の押上駅。九段下で半蔵門線に乗り換えればいいんだけど、せっかく遠出するんだからJRで亀戸で下りることにした。門前仲町からも見えるというから亀戸ならもっと近い。スカイツリーを目当てにすればいいので迷うこともないだろう。

第一目標は亀戸天神。駅から15分くらいだ。町並みを見ながら明治通りをぶらぶら行くが駅前はどこも一緒だ。蔵前橋通りとの交差点から曲線の道が見えた。商店が軒を連ねている。参道のようだ。スポーツの神様と横断幕に書いてあった。

Cimg0196

香取神社。創建は665年というからいにしえのことだ。大化の改新から20年後だ。中臣(藤原)鎌足
が東国に下向した際に亀の島に船を寄せ香取大神を勧請したという。昔は亀の形をした島だったので船で渡ったのだ。

将門の乱の時には、将門を討った藤原秀郷(俵藤太)が戦勝の返礼として弓矢を奉納した故事にちなんで、5月5日には勝矢祭が1000年以上も続けられている。これにちなんだお守りが「勝守」。それでスポーツ振興のお守りになった。

祭神は香取神社なので経津主(ふつぬし)の神。経津主ということは、本来の祭祀氏族は物部氏だった。しかし、改新の功臣、藤原(中臣)氏は、その権力で他氏の祭祀権を次々に奪って行った。(日本の神々 神社と聖地11関東」の「香取神宮」の項による。筆者は大和岩雄氏)。仏教の伝来を巡って蘇我氏に敗れた物部氏だが、香取、鹿島の祭祀権も奪われ、その後は土着して各地に生きることになる。魅力的な説だ。というより学界の定説なのかもしれない。

将門のファンとしては、藤原秀郷というのが心地よくない。現在でも将門伝説の残るところでは成田山にお参りしないという。乱の時に将門討伐の祈祷を行ったためだ。でも神様はちゃんと敬っておこう。

変な形の石が建っていた。ネギ坊主を引き延ばしたようだ。これが亀戸大根。文久年間(1861〜64)、この辺が栽培の中心地だった。荒川水系の肥沃な粘土質が適しており、明治の頃には「おかめ大根」「お多福大根」と呼ばれたが、大正に入ると宅地化の波に押され、栽培は小岩などに移ったという。言い得て妙ですね。

Cimg0197
(亀戸大根の碑)


亀戸大根は根の長さが30センチほど。大きな人参くらいで小さい。先がくさび状に尖っているのが特長だそうだ。

伝統野菜が次々に復活してるそうなので、どこかで作っているのだろうか。それともタネを失ってしまっているのか。何の料理がいいのか、食べてみたいものだ。

香取神社を出て路地に入ったら、北西の方向にスカイツリーが家並の向こうにあった。やっぱりデカい。

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