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2010年6月13日 (日)

スカイツリーをめざして・東京タワーの思い出

錦糸町から四ツ目通りを北上している。大通りから横に入った小さな道がいい。大通りではビルにさえぎられてしまうが、建物の間からスカイツリーが顔を出す。ワンブロックごとに大きくなってくる。もう、少し顔を上げないと先っぽまでは見られない。

民家の間からそびえている巨大な塔は何を象徴しているのか。

それは東京タワーのような日本の復興、未来への希望ではない。グロテスクなイメージも受ける。許容範囲を超えてデカすぎるのだ。下町のちまちました家並の上に突然、出現していいのだろうか。下町がつぶされそうだ。不安感にもかられる。

Cimg0210
(北十間川沿いからのショット)

信じてもらえないだろうが、東京タワーが三鷹から見えたんです。昭和33年の完成前から見え始め、しばらくは上部の塔が、はるか東にあるのが見通せた。直線距離にして25㌔くらいか。

ヤンマは夕方になるとねぐらに帰って行く。帰り道は決まっているので、子どもたちは通り道でヤンマを待ち構える。ホロと言っていた道具が素早いヤンマを捕まえるには最適だった。

糸の両端に板鉛を丸めて結びつけたもの。これを上に投げる。すると近眼のヤンマは獲物と間違えて鉛を食べようとする。片方の鉛に近づくと糸が絡まり、もう片方の鉛は遠心力でぐるぐると回って、糸がヤンマの身体に巻き付く。鉛の重さでヤンマが地面に落ちてくる寸法だ。

ヤンマは敏捷なので網で捕まえるのは難しい。トリモチでは羽を傷めてしまう。ホロだと奇麗なままのヤンマを捕まえることができた。板鉛も駄菓子屋で普通に売っていた。ナマリと呼んでいたが、ナマリだったのかどうかは定かではない。

でもホロで捕まえるのは技が必要だった。名人がいて尊敬されていた。

そのヤンマの通り道の向こうに東京タワーが見えた。高い建物がなかったんですね。つぎはぎのズボンやシャツを着て、はな垂れ小僧だったころの私の三丁目の夕日。

Cimg0214
(京成業平橋駅近くの東武橋にはウイークデイだというのに見物人がいっぱい。公衆トイレの場所を記した張り紙も出ていた。週末はすごい人出になるのだろう)

そんな思い出にふけっていたら、もう着いてしまった。北十間川沿いの道までいくと見物人があちこちにいる。通りかかってはしばし見上げてケータイで写真を撮っている。

10日の高さは398メートルだった。

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