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2010年6月 6日 (日)

ハケの庭園・滄浪泉園 住民パワー

高校時代、といってもはるか昔、昭和の30年代後半にはよく小金井に来てたけど滄浪泉園の存在は知らなかった。40年には都内の大学(教養課程は神奈川だったけど)に通い、勤めも港区だったので中央線の下り方面は縁遠くなってしまった。

小金井市が庭園を買収したのは昭和52年(1977)。新宿のゴールデン街に通ってた頃だ。小金井の庭園のオープンには気づかなかった。
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(湧き水を集めた池)

そもそもは波多野承五郎の別荘だった。三井銀行の役員や外交官、衆院議員などを務めた人物だ。昭和に入って三井鉱山役員の手に渡ったが、宅地化の波にあらわれて3万3000平米の庭園も3分の1の1万2000平米になってしまった。

持ち上がったのがマンション建設計画。小金井駅から歩いて10分ほど、崖の上に建てれば景観は抜群だ。南向きで日当りは絶好、多摩丘陵が広がり、西には奥多摩の山が連なり、富士山もくっきりと姿をあらわす。

付近の住民を中心に「自然を守れ。マンション反対」の住民運動が持ち上がり、緑地保全地区の指定を受けて東京都が買収、自然緑地として残されることになった。

この運動に先行したのが隣町国分寺の殿ケ谷戸(とのがやと)庭園だ。こちらは国分寺駅から歩いて3分。ハケを利用した庭園だ。もとは岩崎家の別荘だ。大正の初め、後の満鉄副総裁の江口定條が別邸として設け、昭和4年(1929)に岩崎彦弥太が買い取って本館や茶室を追加整備、和洋折衷の回遊式林泉庭園として完成した。こちらは2万平米とゆったりしている。

駅の真ん前と言ってもいい。マンション建設だったか住宅地だったかの話になったが、住民の反対運動があって東京都が買収、公園として公開することになった。昭和49年(1974)のことだった。いずれも美濃部都政のもと住民パワーが力を持ち始めていた。

今では誰もが、滄浪泉園も殿ケ谷戸庭園も残してよかったと思っているでしょう。それにしても三井、三菱はいいところに別邸を持っているもんです。
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(岩の間から水が湧き出ている。水量は多くない。宅地化で減っているのだろう)


都立だからいずれも入園料が安いのもいい。殿ケ谷戸は一般が150円、65歳以上のシルバー70円。滄浪泉園は小振りなだけに大人100円。最初に行った時は「シルバーじゃないですか?」と窓口で声をかけられた。なんと「60歳以上」は50円だった。60歳で割引になるのはうれしい。

さらにハケ沿いに歩く。

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