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2010年5月18日 (火)

武藏国府遺跡の説明会・こぼれ話

5月15日に行われた遺跡現場の説明会、土曜日だというのに係の人が発掘作業を続けている。背中に「KYOWA」と書かれた揃いのジャンパーを着ている。
Cimg0106
(右手奥が府中競馬場のスタンド)


中年の女性が「どういう人が作業をしているのですか」と府中市役所の担当に尋ねていたので横でお相伴にあずかった。

「発掘の会社があるんです。建設関連の仕事から発掘の会社を設立することが多いようです」

そうか、マンションなどを建設しているときに遺跡が出てくることがある。その場合は、遺跡の調査を終えるまで建設はストップする。随分昔のことだが、石原祐次郎の成城の自宅から遺跡が出たのが話題になった。調査が済むまで自宅建築がストップしたっけ。

そんな流れで遺跡に関わってくるのか。武藏国府遺跡も古墳時代前期から中世までの遺構が確認されている。それらが混じっている。どう見分けるのか。土の色が違うのだ。詳しくは分からないが、関東ローム層の赤土から、その下の黒土に掘られている箇所、黒土が上になっている箇所など、柱の跡の土の色が異なっている。

専門家が見ると、火山灰の積もり方などで年代がもっと細かく判明するのだろう。建設現場でいちいち専門家を呼んでいたのでは経費もかかるので、建設会社の人が専門に行う部署を作り、それが独立したのかもしれない。

「KYOWA」を調べると、名称は共和開発株式会社。平成3年の設立で資本金1000万円。従業員22人。本社は府中市若松町で売上高2億9000万円。うち文化財調査関連が2億円。20年度の調査は、舟渡遺跡、鴬谷遺跡、武藏国府関連遺跡などとなっている。

中年の女性は「私にも会社を作れるかしら」と興味いっぱいの様子だった。始められたらいいね。

                ×       ×

それにしても多摩川を眼下にした台地。弥生の遺跡が出てきても良さそうだが、発掘されない。北東にJRAのマークが見える。東京競馬場のスタンドだ。距離は500mメートルもない。このスタンドを作っているときに弥生時代の遺跡が出たきりだ。配布された資料には、そこは「祭祀場」と記入されている。

縄文遺跡は多摩川流域のあちこちにあるのに、どうして弥生が出てこないのか。多摩川の氾濫で流されてしまったのか。それだけではないだろう。

弥生人だって、川の氾濫は経験で知っている。高台に住居を造るだろう。弥生式土器命名のきっかけになった本郷の遺跡も高台だ。現在の武藏国府遺跡発掘の現場あたりは、少し高くなっていて氾濫からは免れそうだ。この下で田んぼを作り、住まいはここいらにすれば生活が維持できるように思えるが、そうはしなかったようだ。

多摩川で鮭を採り、武蔵野の原野に獣を追った縄文人はどこへ消えてしまったのか。


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