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2010年5月 6日 (木)

武蔵野市にあった幻の東京グリーンパーク野球場

1951年(昭和26年)5月5日 晴(多分)

待ちに待った新しい野球場のオープンの日だ。ボクは、朝からわくわくしていた。おじさんがプロ野球の試合に連れて行ってくれるのだ。まだ小さいので、後楽園球場では帰りが遅くなってしまうとお父さんが許してくれなかった。

でも、武蔵野市に野球場が新しくできたんだ。これなら近い。一緒に住んでいるおじさんは富士重工三鷹工場に勤めていて、野球の選手をやっていた。時々「ベースボールマガジン」を買ってきてくれた。野球じゃないんだ、ベースボールだぜ。ハイカラなんだ。字は読めなくても川上や大下の写真を見るだけでもうれしかった。

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(太宰が散歩の途中に立ち寄った陸橋。右手は三鷹電車庫)

おじさんがどこからか切符を手に入れて連れて行ってくれるのだ。三鷹の西の方に住んでいたボクは武蔵境の駅まで歩いた。隣の三鷹からは、野球場まで新しい国鉄が作られたんだ。駅もできた。武蔵野競技場前(グリーンパーク野球場前)という駅だ。

日本で一番、長い名前の駅だと、おじさんが話してくれた。一番は何でもうれしいもんだ。

席はもちろん外野。「こどもの日」だから、人でいっぱいだ。全部で5万1000人も入れられる大きな野球場だ。

今日の試合は「国鉄」と「名古屋」。もう1試合が「巨人」と「名古屋」だった。普通のダブルヘッダーではなくて、こういうのは変則ダブルヘッダーというんだ。

              ×        ×

以上は架空のボクの日記だけど、この年の5月5日に新球場がオープンしたのは本当のことです。オープンの日ではないけど、ずっとあとにグリーンパーク球場に行った記憶がある。おじさんが連れて行ってくれたのだ。そのことは別の機会に。

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(陸橋から西を望む。特に冬には富士山が見える)
というわけで5日は人気スポットを避けてグリーンパーク野球場の跡を探しにいった。歩くのは廃線跡にできた遊歩道。

三鷹からは北口を出て左(西)にまっすぐ行くと、跨線橋がある。三鷹に住んでいた太宰治が散歩の途中に上がった跨線橋だ。ここからは奥多摩や丹沢の山々、その向こうに富士山が望める。線路がまっすぐ続いていて遮るものがないから沈む夕日の雄大なこと。私も子どもの頃によく通いました。

そこを過ぎたあたりの右手から堀合遊歩道は始まる。これが武蔵野競技場線の跡だ。児童公園の左手だ。古木の木立に囲まれているから緑を目がければいい。

(つづく)

「グリーンパーク野球場②廃線あとを歩く」

「グリーンパーク野球場③六大学野球」

「グリーンパーク野球場④あえなく閉鎖」

「グリーンパーク野球場⑤建設前史」

「グリーンパーク野球場⑥夢のあと」

と続いてます。カテゴリーの武蔵野市にあります。

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