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2010年4月22日 (木)

政商・岩崎弥太郎②三菱がやったこと

幻冬舍新書「岩崎弥太郎と三菱四代」の続き。18日の朝日新聞読書欄でフリージャーナリストの佐々木俊尚氏は「著者の歴史観、人生観が実にステレオタイプだ」と批評した。俗説は耳に優しいゆえベストセラーにランクインしているのだろうと感想を書いたのが前回。

著者の河合敦氏は「戦後の日本の教育界は」「個人主義・自由主義が誤って浸透」と10年1日の相変わらずの戦後批判をしているらしい。それに比べて岩崎弥太郎らは不断の努力と精神で国家の繁栄を目指し、その企業は公共心に満ち、国家も富ませたので「明治は良かった」というのが論旨のようだ。

へーえ、そんなに立派だったんですか。九州長崎沖合の高島炭坑に実態を見てみよう。

高島炭坑はいろいろいきさつがあって後藤象二郎が抗主となった。しかし、1878年(明治11)、過酷な労働と低賃金に耐えかねて2000人の坑夫が暴動を起こすなどうまくいかず、結局後藤は1881年(明治14)莫大な赤字を抱え込んでしまった。頼ったのが同郷の友人であり後援者でもあった岩崎弥太郎。

経営立て直しのために岩崎が取った対策は、それはそれはひどいものだった。嘉治隆一「明治の社会問題」は「三菱の経営になってより監獄部屋式を採用し『千古未曾有の圧政法を設け』」た。労働者ではなく囚人として扱い、当時でさえ「未曾有」の信じられないほどの働かせ方をした。

このため世の中の批判を浴び、有志が東京から視察に訪れ、明治21年には国粋雑誌「日本人」がその惨状を天下に訴えた。世論に動かされてついには警保局長清浦奎吾が現地を視察、労働条件と待遇改善を命令した。

国が命令を出すのだから明治の時代でもよほどひどかったのだろう。でもこれは富国強兵の一環だった。三菱の論理は、石炭の増産はお国のため、労働者の個人主義・自由主義は過たずに正しく浸透させると、徹底的な搾取に結びつく。「良かった明治」の実態にこうした暗部が含まれていることを忘れてはいけない。

政商・岩崎にこうした側面があったのは事実だ。今の経営者だってオブラートに包んではいるが、思考法は変わっていない。リーマンショックが起きれば、企業存続のためを錦の御旗に働き手の条件を下げたり、弱者を切り捨てていく。企業の論理としては当然だ。これを打ち破るために、弱肉強食ではない新しい社会の仕組みが求められているのだろう。

こうした過程を経て三菱は政商から大財閥へと肥大化していく。すべて国策に沿ったものだったし、国のためが三菱の利益に直結していた。

三菱の祖、弥太郎を賛美するだけでなく、こうした過去があったことは知っておいていいだろう。高島炭坑については「日本の百年2わき立つ民論」(ちくま学芸文庫)によりました。


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