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2010年4月26日 (月)

鎮座1900年・大国魂神社の謎①

府中の大国魂神社へぶらぶらと。府中は古代から続く古い町なので見どころがたくさんある。いつも起点にしているのが大国魂神社だ。ここから旧甲州街道を下って高安寺方面に行ったり、坂を下って多摩川方向を目指し、時には橋を渡って多摩市まで進出している。

久しぶりに訪ねたら「御鎮座壱千九百年 記念事業」と大書した看板が掲げられていた。来年、平成23年には1900年を迎えるというのだ。いつ作られたのかというと景行天皇の41年5月5日。西暦でいうと111年。弥生時代だ。

とにかく古い。大極殿が建てられ連日大勢の人でにぎわっている平城京遷都の710年より600年もさかのぼる。はるか彼方のことだ。

5月5日にはじめて祀られたので、この日がくらやみ祭りのクライマックスの神輿渡御になるわけか。
記念事業の目的は、随神門改築、斎館新築、摂社・末社改修などで募金目標額は6億円。大変な事業だ。

景行天皇の時代に作られたという神社は各地にある。

埼玉県入間郡の出雲伊波井神社(毛呂山町)は、日本武尊が東征凱旋の際、侍臣武日命(大友武日)に創祀させた。

所沢市の物部天神社も日本武尊東征の時に作られた。

水戸市の吉田神社は、景行40年。東夷鎮定に赴く途中に軍団が常陸に至り、吉田山で休息したのが始まり。

茨城県久慈郡の八溝嶺神社の始まりは景行天皇40年。八溝山に立てこもる賊を日本武尊が討ったことによる。

まあ、このように景行天皇というよりも日本武尊の東征に結びついて東国の神社の縁起が語られている。だったら大和朝廷系の神を祀るのが自然だと思うのだが、大国魂神社のそれは名前の通り大国主の命。神社の境内東横にある観光所情報センターでもらったパンフレットには「大國魂神社は大國魂の大神を武藏の国の護り神として御祀りした社であります」としている。

なんで出雲の神を祀っているのか。
(各神社の社伝については「日本の神々 神社と聖地11関東」(谷川健一編、白水社)を参照した)。


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