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2010年3月 2日 (火)

ふきのとう100円❷

100円のふきのとうをリュックにしまってお鷹の道を西へ進めば現武蔵国分寺の門前だ。この辺りはすっかりきれいになった。現国分寺の東となりには「おたかの道湧水園」ができ、その中に武蔵国分寺跡資料館がつくられている。以前は、現国分寺の敷地内にあった資料がこちらに引っ越したようだ。向かい側には「おたカフェ」というしゃれたカフェが新築された。手前には民家を改造して「おやすみテラス」もできていた.こちらはうどんやまんじゅうを商っている。

カフェで「湧水園」の入場券(100円)を求めて入る。国分寺跡からの出土品が展示されている。なんといっても興味深いのは瓦だ。武藏各地の窯で焼いた瓦が出ているのだ。どうしてわかるのかというと瓦に焼いた土地の名前が刻まれている。「企」とあるのは比企郡、「玉」は児玉郡、「父」は秩父郡、「多」は多摩郡というわけだ。

湧水園や資料館は昨年10月にオープン、記念の特別展示で「住田古瓦コレクションの世界」が行われていた(6月27日まで)。パンフレットによると住田正一氏は、呉造船所社長や東京副知事を歴任した海事史・法制史学者。古瓦研究者としても活躍し、「特に国分寺瓦の研究を生涯のテーマとされ、各地の国分寺跡を東北地方から九州地方まで精力的に踏査し、全国50余国の国分寺瓦を収集されました。全国の国分寺をほぼ網羅した古瓦資料は他に類例が無く、きわめて学術性の高い資料です」。「第六高等学校(岡山市)に進学したのちも暇を見つけては有名な古墳を訪ね歩いています。そして古墳の近くには国分寺があることに注目し、やがて古代寺院へと興味を深めていくのです」。一緒に瓦拾いに出かけたのが徳富万熊(蘇峰の息子)で、日曜日や夏休みを利用して遠く四国、九州まで出かけて瓦を集めたのだ。

つまりはタダ。これが立派な収集物になるのだから面白い。住田とは、どこかで聞いた名字だと思ったら、ご子息は住田正二氏。元のJR東日本の社長さんだった。ローカル線を廃止し、国有地を売りまくり、組合をつぶした国鉄民有化のときに、この人はどうしてたんだっけ。まあ、いいや。こつこつと瓦を拾ってた人の息子がJR東日本の社長という取り合わせが妙におかしかった。ロマンは成り立たなくなったということか。

このコレクションは「住田正二氏(現JR東日本相談役)が理事長を務める財団法人交通研究協会より、史跡武蔵国分寺跡が所在する国分寺市へ、計画中の(仮称)郷土博物館における学術活用にと寄贈されました」といううから、そうでもないか。

これらの南側が武蔵国分寺跡。今回はそちらに向かわずに西国分寺を目指す。武蔵国分寺公園(昔は鉄道学園があった。学園はどこにいったんだろう)の西に広い道がまっすぐ北に通っている。西側はマンション群、東側は公園。この道が東山道武藏路の跡だ。武藏は所属替えが行われるまで東山道に属していた。道というのは道路だけのことではなく、地域と考えた方がいい。つまり東山道地域。武藏路は東山道の本道から上野国新田で分かれ武藏国府に至る交通路だった。この路を軍勢を従えて鎌倉目指したのが新田義貞。鎌倉街道とはルートが違うらしいが、そんなには変わらないだろう。

東山道武藏路は7世紀後半にはつくられていた。つまり国府と同じ頃につくられている。大化改新(645)から50年もたたないうちにはつくられていたんですね。東海道になったのは宝亀2年(771)のことだ。武藏国府から国分寺、国分尼寺の間を通って新田まで北上していた。この路の跡が約300メートルにわたって歩道で残されている。昔の道は狭いという概念があるが、なんと幅が12メートル。側溝もあって、かなり立派な道だ。北に向かうと日立中央研究所の森がみえて気分がいい。この研究所の中に野川の源流がある。春の桜の頃と、秋の紅葉時に市民に開放しているので、興味のある方はホームページでチェックしてしてください。泉がわき、池がつくられ、自然が残っていていい庭園ですよ。芝生に座るむしろも無料で貸してくれるので、のんびりするにはもってこいだ。

西国分寺駅をすぎた右側に姿見の池がある。ここらの地域は恋ヶ窪。鎌倉街道の宿駅があったところだ。地名の通りに姿見の池には悲恋物語が伝わっている。前回の真姿の池、今回の姿見といい、池は姿を見るものなんですね。このあたりは都の緑地保全地区になり、雑木が植えられ、以前訪ねたときはここでも子どもたちが小川でザリガニを釣っていた。

悲恋物語とは——。この宿の夙妻(あさづま)太夫と坂東武者畠山重忠が悲恋の主だ。重忠が西国で討ち死にしたという嘘を聞かされた夙妻は近くの姿見の池に身を投げたという。横恋慕した男の仕業だろう。

この話を知った村人が夙妻の墓をつくり、塚の上に1本の松を植えた。これが一葉松(傾城の松)で、少し北に行ったところにある。また、近くの東福寺には伝承に関する記念碑と一葉松が植えられている。

湧き水を訪ねる散歩道でした。

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