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2010年1月10日 (日)

調布の入間川①

散歩のホームコースは深大寺周辺です。三鷹図書館で本を借り、神代植物公園の北側にある自由広場のベンチに座りページを繰るのが贅沢な時間です。疲れたら鳥のさえずりに耳を澄まし、遊んでいる子供たちを眺めます。

 深大寺へは三鷹市役所横の三鷹通りを道なりに行き、右手に雑木林が見えるので適当に右に曲がればたどり着きます。でも、バス通りは車がうるさいので市役所の横から東八道路に出て右折、ガソリンスタンドと松屋の間を左折します。老人ホームの前に、こんな標識があります。「入間川(大川)源流地跡」。住所表示は調布市深大寺8丁目13になってます。

Cimg0010


 
 標識にはこう書いてあります。

「かつて入間川は中世の頃まで世田谷区砧2丁目付近で仙川と合流し、多摩川に注いでいた。慶長16年(1611)六郷用水が完成するや世田谷区喜多見でこれと合流した。また入間川源流地帯は、安政2年(1855)の大地震で水涸れがおこった。その対策として明治4年(1871)深大寺用水が開設されるや、その東堀はこの地で川をはさんで2つに分かれて南下し、一部は野ヶ谷団地の南で入間川に合流するようになった。昭和42年(1967)野川の流域変更により、この川は入間町2丁目付近で野川と合流するようになった」。


よくわからない箇所もあるが、安政の大地震で水が涸れ、その後は深大寺用水と並行して流れていたようだ。しかし今は流れには蓋がされ、川の跡は道路になっている。道路は川の流れのままに時折蛇行しているので、往時を偲ぶことはできる。

その川の跡を辿って歩いてみるが、三鷹通りを越えたあたりでたどれなくなってしまった。(京王線つつじヶ丘の新宿寄りから入間川は姿をあらわす。それについてはまた後日)

 源流跡近くに戻り、深大寺を目指す。諏訪神社の横で右に曲がり、あとは雑木林が見えてくるので、それを目がければいい。途中大きな農家があり、「禅寺丸柿(市天然記念物)」の標識が。畑の間を通って天然記念物を見せてもらう。

なるほど立派な柿の大木だ。ご主人が畑仕事をしていたのでお礼方々話を聞く。「300年はたっている。柿生(神奈川県)から来たんじゃないか。粒が小さくてゴマが入っている。富有よりも甘いよ」昨年(09年)は実がならなかったそうだ。今年の秋には、訪ねてみよう。庭先販売所があるので、柿も売っているかもしれない。(柿生と深大寺の関係についても後日触れることになるでしょう)。

Cimg0014

(禅寺丸柿の古木。武蔵境の駅前にも、小金井にも古い禅寺丸柿がありました。富有なんかが出る前はこちらが主流だったようです)


 なぜ調布に入間川があるのか。問題提起のままページが少なくなってしまった。どうせ答えはないのだが、次回で気がついたことどもを書きます。


 


 

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