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2010年1月24日 (日)

渡来人の交通ルートを考える⑵

多摩の弥生遺跡はまことに少なかった。こつ然と縄文人が消えてしまったかのようだ。奥多摩などは弥生の遺跡は全く出てこないという。どうしてしまったのだろう。採集狩猟生活の食料が不足してしまったのか。しかし、古墳時代にはいると遺跡がたくさん出てくる。世田谷や狛江の古墳、時代が少し下ると北武藏の古墳が目立つ。これらの古墳を築いた豪族や、それに従った人々はどこから、どのようにしてやってきたのか。突如として武藏にあらわれたようだが、そうではあるまい。当然、稲作が基本になっているから、西の方から順次やってきたのだ。信州から来たグループもいたのだろう。まだ人口は希薄だったと推定される。

そんな状態のところへ大勢の渡来人がやってきた。666(天智天皇5)の移住が百済の男女2000人。決して少ない数ではない。このころ東山道武藏道が開設された。「この道路は、東山道の本道とともに七世紀後半に開設されたと推定されており、当初から東山道と東海道の連絡路として、上野国と相模国を結ぶ機能を期待されていたらしい」「東山道武藏道は、東西方向に流れている河川の流域地帯を、あたかも南北方向に貫くような形で通過しているのである。東山道武藏道の路線決定には、この道路を背景として、河川流域ごとに結びついている地域をつなぎとめ、武藏国として一体化させることで、地方支配を押し進めようとする律令国家の目論みが働いていたのではないだろうか」(街道の日本史18多摩と甲州道中)。

こうは考えられないか。「武藏国の一体化」「地方支配推進」のために渡来人が送り込まれた。渡来人の中には僧尼や半島の官僚が含まれている。先進の文化を伝え、それによって東国の人々を大和朝廷に服させる。716年(霊亀2)の移住が決定打になる。武藏以外の東国の高麗人1799人が一挙に武藏に移住、入間郡を割いて高麗郡としてた。ついで758年(天平宝字2)には新羅郡が作られる。そして770年には高麗郡出身の高麗福信が武藏守となる。

渡来人の本格的移住が開始されてから約50年で武藏支配が一応の完成を見る。国府が府中に置かれ、その北方には、国分寺が作られた。こうして武藏が大和朝廷の範疇に入った、あるいは渡来人が武藏の人々をまとめあげた。

移住期の交通はどうなっていたか。移住開始にあわせたかのように武藏道ができたが、東海道本道は三浦半島から海路で上総にわたる路線だけだった。7世紀の末になると武藏国府から下総国府間の陸路が開削され、相模→武藏→下総を連絡する東海・東山道連絡駅路が成立する。

しかし、皆がこのルートを使ったわけではない。まだ陸路は安定していない。名著の誉れ高い「江戸の川 東京の川」(鈴木理生、井上書院)はこう指摘している。「これらの渡来人の武藏への経路は、……台地上の人々が河流にそい、河流を利用せざるを得なかった事情と同じ条件の下における移動であった。つまり彼等の列島における移動の場合、列島の海岸ぞいを舟で移動することが、最も安全かつ能率的な方法であった。この舟運コースは一朝にして成立したものではなく、遠く縄文・弥生人の時代から徐々に形成されていった"生活の知恵”のつみかさねの成果そのものであった。『官』の成立以前の移動、『官の記録』以外の移動は、おそらく非常に長い期間にわたり、膨大な件数であったろう」。

こうしてようやく伊豆半島を越えるルートを見つけた人々は、相模に至る。どうしたのか。再び鈴木氏に耳を貸そう。「この列島に波のようにつぎつぎに渡来してきた人々は、海岸に面した入江や河口をみつけると、ほとんど例外なしにそこを拠点として内陸に進出している。すでに先住者がいる場合はさらにさきに進んで、陸地への足がかりを求めていった」。

最初に相模川に至り、内陸へとさかのぼったのは秦一族だった。相模国府の位置は確定していないが、延喜式の東海道駅路は、箕輪駅を経て相模国府に達す。国府から相模川を渡り、北上して今の東京都町田市付近から武藏国府へと向かっている。この辺りは高座郡、たかくら、つまり高句麗。

多摩川をさかのぼったグループは世田谷や狛江の古墳群を作ったのではないか。そのさきはどうなったのか。

「東漸してきた古代人にとっては、『広義の利根川』という桁違いの大きな河流は障害物であったが、その西側の山地(その一つとしての武蔵野台地)は無限の可能性を持った天地にみえたことであろう。『広義の利根川』の一支流である荒川河口の浅草を基地に、人々の波は何回も何十回も、関東地方内陸部に進出していった」。

利根川は当時、東京湾に注いでいた。


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